2012年05月11日

Duke Ellington 「The Duke: Historically Speaking」(1956)

R0022565.JPG

エリントン楽団はコットン・クラブの仕事をきっちり終わらせ
1933年初の英国公演に赴いたのである、んが
イギリスの聴衆はクーティーやナントンの発するワウワウサウンドを
「吉本新喜劇」のテーマ音楽と勘違いし、大笑いしたのである

「ダレじゃぃツ いまワロたんわ! おぅ?ちょっと前出てこんかぇ」
(大衆と相対する時は ひとりを徹底的にブチのめすことが効果的だ)
「こんど笑ろたら承知せんど おんドれあ〜ッ」
と・エリントン音楽の聴き方を説明したのはスパイク・ヒューズである

スパイク・ヒューズはイギリスの音楽家で「おんドれぁ〜」と言ったヒトだが
本日の登場人物はフランスの ぉンドレぁ・オデールである、
エリントンのベツレヘム盤とアンドレ・オデール
当ブログに来られる知識人階級にはナニを今さら (アホらして)
そんな説明せんかてええど というご意見があると信ずるので
(省略する)




アンドレ・オデールは(ダレも足元にも及ばない)徹底的な
筋金入りのエリントン・ファンである
ファンであるからこそ彼はこの盤に苦言を申し立てたのでありますネぇ

ま、「ココ」に言及されてるよに思えるが
「ココ」は たしかわてダさんトコの猫の名前で
キング氏とこの猫は「タマラン」やったか?

それは今度確認するとして、僕にはそんなヒドぃとは思わんなぁ
(そら40年の録音と較べたら楽器も録音も現代的ゃ)
せやけどエリントン・ファンとしてひと言だけ言わしてもらぉ
オデール氏は「ココ」やけど僕ぁ「イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー 」や
これだけは僕としても我慢ならんのであります (なんじゃこの編曲わ?)
この曲の一番好きなトコロはバックの流れるようなアンサンブルやねん

585px-Rostov-on-don_quay_2008_0607_2.jpg
(少し僕の抱いてるイメージとチガイますが・・)

寒くて暗いでっかい国のでっかい河がとうとうと流れれるさま
いつの時代もこの曲ではそーいう風に流れとったやないか!
(安もん にっぽん盤でもゾクゾクチキン・スキンで聴いとったんやどぉ)
せやのになんですねゃ コレわ?
ヘドロたっぷり夏のドブ川やないですかぁ

「わしにもゲージツを表現する権利があるんじゃぃ」
と・うそぶきながらもエリントン公爵はその後この2曲は再演しなかった
オデールとドクた、の意見を尊重したのは言うまでもない
注;(えーと70%くらいウソですので入門初期の方は信じないで下さい)。

posted by ドクた at 08:21| 京都 ☁| Comment(2) | JAZZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕はこれ一回聴いたきり、しまい込んでしまってます。
エリントンの再演ものはいろいろありますが、
あとになればなるほど、何かこうやり過ぎと言いますか、
考え過ぎと言いますか、趣味が悪いと言いますか(笑)。
ブランズウィックの良さを台無しにしてしまっているのは
実に悲しいです。
Posted by かふぇそ at 2012年05月12日 15:06
あ、ども陛下さま
僕も書いた手前「イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー 」
をチラっと聴き直しましたが1926年は○で
1927年はイマイチでした

へてからコレに近い50年代のアルバムでは
「スタンダード」(53〜55)かな、メンバーは揃ってないけど好きなアルバムです、

ほて1956年の「Stratford Festival」ではわずかな日数の経過やのにもの凄いサウンドの変化がありますなぁ
「ドラム・イズ・ウーマン」も1956年でこの流れのサウンドで1958年のマヘリア・ジャクソンとのヤツはあんまし好きになれまへん
(レイ・ナンスがゲージツ的なことしても)
全然まったく似つかわしくないからであります(笑)
Posted by ドクた、 at 2012年05月12日 22:05
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: